マクロ経済スライドが適用される期間の年金額改定法
マクロ経済スライドが適用される期間につき、実際にどのように年金額が改訂されるのかについて説明します。
マクロ経済スライドの解説
対象となる期間
マクロ経済スライドを適用して年金額を決定する期間を「調整期間」といいます。
この調整期間は明確には定められていませんが、年金財政が安定するまでとされています。しかしデフレの影響で調整が進まず当初の予定から何十年も終了見込時期が後ろにずれこんでいます。
従って、今後数十年は調整期間が続くので「年金額の決定法=調整期間のマクロ経済スライド調整を適用した方法」と考えて差し支えありません。
年金額を決定する要素
実質手取り賃金変動率、物価変動率、マクロ経済スライドによるスライド調整率の3要素によって改定率が算出されて、当該年度の年金額が決定されます。
- 参照:改定率の決定方法
新規裁定者と既裁定者
年齢によって2種類の年金額改定法が分かれます。
その年度中(4月1日から翌年3月31日)に到達する年齢が67歳以下の年金受給者を新規裁定者、68歳以上の年金受給者を既裁定者といいます。(到達日は誕生日の前日です)
改定率の決定
原則では「新規裁定者は名目手取り賃金変動率、既裁定者は物価変動率で改定を行う」とされていますが、実際の改定はそのような単純なものではありません。
改定のパターンは大きく、①名目手取り賃金変動率が物価変動率以上の場合、②逆に下回る場合、の2つに分類されます。②の場合には更に3パターンに分かれます。
名目手取り賃金変動率が物価変動率以上の場合
この場合には原則どおり、新規裁定者は名目手取り賃金変動率、既裁定者は物価変動率によって改定率が改定されます。
名目手取り賃金変動率が物価変動率に満たない場合
この場合は3つのケースに分類されます。
ケース1
名目手取り賃金変動率、物価変動率が共にプラスの場合には新規裁定者と既裁定者のどちらも名目手取り賃金変動率で改定され、マクロ経済スライドの対象となります。
ケース2
名目手取り賃金変動率、物価変動率が共にマイナスの場合には新規裁定者と既裁定者のどちらも物価変動率で改定されます。この場合はマクロ経済スライドの適用はありません。
(法改正)
平成28年12月14日に成立した「公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律(年金改革法)」により、新規裁定者と既裁定者のいずれも、平成33年4月より名目手取り賃金変動率で年金額が減額改定されることとなりました。(つまり、減額幅が大きくなります)
ケース3

名目手取り賃金変動率がマイナス、物価変動率がプラスのときには新規裁定者と既裁定者のどちらも改定率の改定はないので、前年度と同じ額になります。この場合はマクロ経済スライドはありません。
(法改正)
平成28年12月14日に成立した「公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律(年金改革法)」により、新規裁定者と既裁定者のいずれも、平成33年4月より名目手取り賃金変動率で年金額が減額改定されることとなりました。
注意事項
マクロ経済スライドによる減額幅には上限があり、このスライドによって前年度額を下回ることはありません。
また、元々が減額であったものを、マクロ経済スライドで更に減額幅が大きくなることもありません。
マクロ経済スライドが適用できなかったり、上限に抵触して減額できなかった部分に関しては、翌年度以降に持ち越しとなります。(平成30年度から)
マクロ経済スライドの詳細
改定の事例
ここでは実際にどのように改定されるかを、老齢基礎年金の額(満額)の事例で解説します。
平成27年度
この年度から本来水準で年金額が決まります。本来水準のベースとなる平成16年度の年金額は780,900円、平成26年度後半の改定率は0.985です。
前年の名目手取り賃金変動率はプラス2.3%、物価変動率はプラス2.7%です。従って新規裁定者、既裁定者いずれも名目手取り賃金変動率で改定率が改定されます。また、この年度のスライド調整率はマイナス0.9%、そのためマクロ経済スライドによってこの分が減額されます。
従って平成27年度の改定率は「0.985×1.023×0.991≒0.999」となり、老齢基礎年金額(満額)は「780,900×0.999≒780,100円」となります。
平成28年度
前年の名目手取り賃金変動率はマイナス0.2%、物価変動率はプラス0.8%です。そのため新規裁定者、既裁定者いずれも前年度の改定率を改定する率は1となり、マクロ経済スライドによる調整はありません。
以上の結果、前年度と同じになります。
平成29年度
前年の名目手取り賃金変動率はマイナス1.1%、物価変動率はマイナス0.1%です。従って新規裁定者、既裁定者いずれも物価変動率であるマイナス0.1%で改定率が改定されます。また、この年度のマクロ経済スライドによるスライド調整率はマイナス0.5%ですが、規定により当年度はマクロ経済スライドの適用はありません。
従って平成29年度の改定率は「0.999(前年度改定率)×0.999≒0.998」となり、老齢基礎年金額(満額)は「780,900×0.998≒779,300円」となります。
平成30年度
物価変動率はプラス0.5%でしたが名目手取賃金上昇率がマイナス0.4%なので、上記ケース3に該当するため改定率の改定はなく、マクロ経済スライドの適用もありません。(但し、平成30年度からマクロ経済スライドによる未調整分(マイナス0.3%)が繰り越されることとなり、翌年度以降に減額調整となります。)
従って平成30年度の改定率は前年度と同じく0.998となり、老齢基礎年金額(満額)は前年度と変わらない「780,900×0.998≒779,300円」となります。
令和1年度
スライド調整率は0.998(1.001×0.997)になります。
物価変動率が1.0%(プラス)、名目手取り賃金変動率は0.6%(プラス)なので、新規裁定者と既裁定者のいずれも名目手取り賃金変動率で改定されるのですが、この年度はマクロ経済スライドの適用もあります。
更に前年度未調整分の0.3%が減額に積み増しされます。
従ってこの年度の改定率は、前年度の改定率である0.998に1.006と0.998と0.997を掛けた0.999になり老齢基礎年金の満額年金額は、
「780,900×0.999≒780,100円」になります。
令和2年度
スライド調整率は0.999(1.002×0.997)になります。
名目手取賃金、物価上昇率いずれもプラスであり、かつ、物価上昇率の方が小さいので、新規裁定者と既裁定者いずれも名目手取賃金変動率(プラス0.3%)で改定されます。
マクロ経済スライド(0.999)が適用、反映されるので当年度の年金は0.2%のプラスとなります。
従ってこの年度の改定率は、前年度の改定率である0.999に1.002を掛けた1.001になり老齢基礎年金の満額年金額は、
「780,900×1.001≒781,700円」になります。
令和3年度
スライド調整率は0.999(1.002×0.997)になります。
令和3年度からの法改正に従い、当年度は新規裁定者、既裁定者いずれも名目手取賃金変動率(-0.1%)が適用されますが、スライド調整率の適用はありません。(当年度に発生した-0.1%は、翌年度以降に繰り越されます)
従ってこの年度の改定率は、前年度の改定率である1.001に0.999を掛けた1.000になり老齢基礎年金の満額年金額は、
「780,900×1.000=780,900円」になります。
令和4年度
スライド調整率は0.998(1.001×0.997)になります。
令和3年度からの法改正に従い、当年度は新規裁定者、既裁定者いずれも名目手取賃金変動率(-0.4%)が適用されますが、スライド調整率の適用はありません。(当年度に発生した-0.2%は翌年度以降に繰り越され、前年度までの分(-0.1%)を合わせて-0.3%がキャリーオーバーされます。)
従ってこの年度の改定率は、前年度の改定率である1.000に0.996を掛けた0.996になり老齢基礎年金の満額年金額は、
「780,900×0.996=777,800円」になります。