差引認定による障害年金の不合理な事例
今日(平成27年10月8日)、ネットニュースをチェックしていたら、このような記事が配信されていました。
障害年金の不合理、男性が提訴へ 最重度なのに最低支給額
脳性まひで生まれつき両脚に障害のある大阪府内の男性(34)が、交通事故で障害が最重度の1級相当になったのに、障害年金の不合理な仕組みが原因で以前よりも年金が減り最低額になったとして、国に約560万円の損害賠償を求める訴訟を近く大阪地裁に起こすことが8日、分かった。
訴状などによると、男性はもともと短時間の歩行しかできず、21歳の時から障害基礎年金2級(月約6万5千円)を受け取っていた。2006年、会社員として厚生年金に加入していた24歳の時に交通事故に遭い、脊髄損傷で両脚は全く動かなくなった。
(引用ここまで)
この件につき今のところ書かれている事以上の情報を得ることができないので断定的なことはいえませんが、問題となっているのは差引認定のことと推察されます。
差引認定とは
差引認定については以前にこのサイトでごく簡単に触れましたが改めて説明します。厚生労働省の資料にはこのように記述されています。
1.現在の障害の状態の活動能力減退率から前発障害の前発障害差引活動能力減退率を差し引いた残りの活動能力減退率(以下「差引残存率」という。)に応じて、差引結果認定表により認定する。
2.後発障害の障害状態が、併合判定参考表に明示されている場合、その活動能力減退率より大であるときは、その明示されている後発障害の障害の状態の活動能力減退率により認定する。
3.「はじめての2級による年金」に該当する場合は、適用しない。
簡単に言えば、同一の部位に発生した複数の障害を合わせて(併合して)等級を決定する際、一定の要件を満たしたときには現在のダメージから前発の障害によって発生したダメージを差し引いて判定する、という障害年金における併合認定の一種です。
具体例
目の障害があり、両目の視力の合計が0.05(障害の程度が障害等級2級相当)で、その後、(元々の障害が悪化したのはでなく)全く別の障害が発生して、完全に両目の視力を失ってしまった場合を考えてみます。なお、差引認定は前後の障害が同一部位のときに適用されます。目については片目つづがそれぞれの部位とはされず、両目を合わせて同一部位の扱いです。
完全に失明してしまったときには障害等級1級に該当します。しかし、もし差引認定が適用されたときには障害等級3級になってしまいます。その理由は以下のとおりです。
差引認定では、障害が身体や生活等に及ぼすマイナスの影響を活動能力減退率として数値化しています。両目失明の活動能力減退率は138%です。また、両目の視力合計が0.05のときの前発障害としての活動能力減退率(前発障害差引活動能力減退率)は84%です。
この場合は現在の活動能力減退率である138%から前発障害の活動能力減退率(84%)を差し引いた結果(差引残存率)に応じて障害等級が決定されます。
従って差引残存率は(138% – 84% = 54%)となり、この54%を差引結果認定表にあてはめて最終的に障害等級3級という結果が導かれます。
以上をまとめると、このようになります。
・現在(1級に該当する障害状態)の活動能力減退率:138%
・前発障害(2級に該当する障害状態)の前発障害差引活動能力減退率:84%
・差引残存率:54%(3級に該当)
今回問題になった事例は?
この差引認定を、今回の事例に当てはめてみます。
記事によると、以前よりも年金額が減ったことになっていますが、これは誤りです。
年金額が減少した、という点から、差引認定で3級に認定されたと推測されます。しかし、これは、あくまでも後発障害によって新たに発生した障害年金の受給権で、前発2級の障害基礎年金が失権になったわけではありません。
従って記事にあるような年金額が減ってしまうようなことはありません。おそらく誤報であるか、あるいは年金事務の担当者が知らずに誤った運用をしていたのかもしれません。
しかしそれでも、1級の障害状態であるにも関わらず2級の、しかも障害基礎年金だけというのはあまりにも不合理です。裁判の行方が注目されます。