年金給付の時効、基本権と支分権
年金の時効は大きく、①給付、つまり年金を受け取る期限となる時効と、②保険料の徴収、つまり年金の保険料を国が徴収できる期限の2つがあります。
ここでは年金給付の時効について解説します。
保険料徴収の時効については下記のページで解説しています。
■結論まとめ
このページでは給付時効、基本・支分権について法令等に基づいて解説していますが、説明が長くなってしまったので、先に結論について触れておきます。
手っ取り早く年金給付の時効について知りたい方は、このまとめだけで十分だと思います。
- 年金給付の時効は、①基本権の時効、②支分権の時効、の2つに分かれます
- 基本権とは、受給要件を満たした人が年金を受け取る基本的権利です
- 支分権とは、基本権に基づき給付(お金)を受け取る権利です
- 基本権、支分権いずれも5年で時効になります
- 但し、基本権については、実質的に時効がありません
- 支分権については5年で時効になりますが、「消えた年金問題」の被害者を救済するための特例措置が設けられています
- 死亡一時金と脱退一時金の時効は2年です
以下で詳しく解説していますが、かなりの長文です。ご興味のある方はご覧になってください(笑)。
年金給付時効の条文
■国民年金法
第百二条 年金給付を受ける権利は、その支給すべき事由が生じた日から五年を経過したとき、当該権利に基づき支払期月ごとに支払うものとされる年金給付の支給を受ける権利は、当該日の属する月の翌月以後に到来する当該年金給付の支給に係る第十八条第三項本文に規定する支払期月の翌月の初日から五年を経過したときは、時効によつて、消滅する。
2 前項の時効は、当該年金給付がその全額につき支給を停止されている間は、進行しない。
3 第一項に規定する年金給付を受ける権利又は当該権利に基づき支払期月ごとに支払うものとされる年金給付の支給を受ける権利については、会計法(昭和二十二年法律第三十五号)第三十一条の規定を適用しない。
4 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び死亡一時金を受ける権利は、これらを行使することができる時から二年を経過したときは、時効によつて消滅する。
■厚生年金法
第九十二条 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利は、これらを行使することができる時から二年を経過したとき、保険給付を受ける権利は、その支給すべき事由が生じた日から五年を経過したとき、当該権利に基づき支払期月ごとに支払うものとされる保険給付の支給を受ける権利は、当該日の属する月の翌月以後に到来する当該保険給付の支給に係る第三十六条第三項本文に規定する支払期月の翌月の初日から五年を経過したときは、時効によつて、消滅する。
2 年金たる保険給付を受ける権利の時効は、当該年金たる保険給付がその全額につき支給を停止されている間は、進行しない。
3 保険料その他この法律の規定による徴収金の納入の告知又は第八十六条第一項の規定による督促は、時効の更新の効力を有する。
4 第一項に規定する保険給付を受ける権利又は当該権利に基づき支払期月ごとに支払うものとされる保険給付の支給を受ける権利については、会計法(昭和二十二年法律第三十五号)第三十一条の規定を適用しない。
条文のポイント
■基本権と支分権
条文から2つの権利に分かれていることが読み取れます。
- ①「保険給付を受ける権利」
- ②「当該権利に基づき支払期月ごとに支払うものとされる年金(保険)給付の支給を受ける権利」
①の権利を基本権と言います。年齢要件等の給付を受ける要件が揃ったときに基本権が発生します。
その基本権に基づき給付(お金)を受取る、②の権利を支分権と言います。
■条文ではどのように扱われているのか?
基本権と支分権のいずれも「五年を経過したときは、時効によつて、消滅する」とされています。
但し、これには続きがあり、第三項(厚生年金は第四項)で、このように規定されています。
- 「会計法(昭和二十二年法律第三十五号)第三十一条の規定を適用しない」
■会計法三十一条と年金法の関係
会計法三十一条では、時効についてこのように規定されています。
第三十一条 金銭の給付を目的とする国の権利の時効による消滅については、別段の規定がないときは、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
時効の援用とは、権利者に対して権利が消滅したことを主張することであり、援用することで時効によって権利が消滅します。しかし、国から金銭給付を受ける権利は例外的に援用が不要で、しかも強制的に(時効による利益を放棄することができない)時効により権利が消滅することが規定されています。
この規定に従えば、基本権も支分権も5年で例外なく時効が成立することになるのですが、年金法ではこの規定が適用されないことが明文化されています。つまり、時効を成立させる、させないは国の裁量で決まることになります。
■国の方針は?
そこで、国の方針が問題になってきます。
請求者が年金給付の支給事由が生じた日から五年を経過する前に裁定請求を行った旨又は行うことができ得なかった旨を申し立てた場合を「やむを得ない理由がある場合」として取り扱っているところである。
基本権については、実質的に時効の援用を行わないことが推察されます。でき得なかった旨を遅延理由申立書で申し立てるだけよく、その妥当性までは問われていないようです。
支分権は、公法上の金銭債権に該当するものであることから、厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律(平成十九年法律第百十一号。以下「年金時効特例法」という。)による厚生年金保険法(昭和二十九年法律第百十五号)及び国民年金法(昭和三十四年法律第百四十一号)の改正前までは、会計法の規定が適用されてきたところである。
年金時効特例法附則第三条により厚生年金保険法第九十二条が、年金時効特例法附則第五条により国民年金法第百二条が改正され、それまでこれらの条に規定されていた基本権に加え、支分権についての消滅時効が規定されるとともに、会計法第三十一条の規定を適用しないこととされた。これにより、これらの権利の発生から五年を経過したときに、個別に時効の援用を行った場合に限り、当該権利が時効消滅することとされたものである。
かつては「当該権利に基づき支払期月ごとに支払うものとされる保険給付の支給を受ける権利」、つまり支分権については年金法に時効の記載がなく、会計法の適用を受けて例外なく5年で時効となっていました。しかし、平成19年の法改正によって、基本権同様の扱いとなり消滅時効成立には援用が要件となりました。
具体的には、「消えた年金問題」など、国側に事務処理の誤りがあったとき等の特別な事情がある場合を除き、個別事案ごとに時効の援用を行うことで支分権については5年で消滅時効となります。
(補足)
この法改正によって、いわゆる「消えた年金問題」に対処するために自動的に時効により支分権が消滅することはなくなりましたが、既に消滅時効となった年金に関しては救済されません。そのため年金時効特例法によって、既に時効消滅した年金についても時効特例給付として給付されることになりました。
■事例
障害認定日において受給要件を満たすと、障害認定日に障害年金の基本権が発生します。この基本権は5年で時効となりますが国は時効の援用をしないので、8年後であっても遅延理由を申し出れば裁定請求をすることができます。
それに対して支分権は国の事務処理ミスなど特段の事情がなければ5年で消滅時効に係るため、3年分の給付は行われず、遡って支給される障害年金は5年分となります。
年金以外の時効
■国民年金の死亡一時金
死亡一時金の時効については2年とされています。(102条4項)
■脱退一時金
脱退一時金は「還付を受ける権利」として、2年と規定されています。(国年法102条4項)(厚年法92条1項)
■障害手当金は?
厚生年金法92条1項では「保険給付を受ける権利」が5年で時効なると規定されています。従って、障害手当金についても5年であると考えられます。
(ちなみに国民年金法102条1項では「年金給付を受ける権利」となっています。 )